朝鮮王朝時代のロケット弾

大将軍箭(だいしょうぐんせん)
・朝鮮王朝時代中期の大矢
・全長181cm(鏃を除く)/重量10.6kg
< 一覧に戻る 唐津城天守閣に眠る歴史的資料の中で特に変わっているものを挙げるとするなら「朝鮮分捕大矢」こと大将軍箭はその最たるものと言える。日本一の水軍として知られる九鬼家に伝来したもので、文禄の役において海賊大名の九鬼嘉隆が拾得したと伝えられており、一族の家宝として代々継承されていたという。
昭和41年の天守閣開館当初、唐津城が肥前名護屋城に近いことから文禄・慶長の役に関連する資料の出品を依頼したところ、他の資料とともに当時の九鬼家当主より出品されたものの、実際に展示されることはなく長らく「お蔵入り」となっていた。というのも、全長が約180cmと展示に際しかなりのスペースを要することに加え、出品当時は十分な調査がなされておらず詳細が分からなかったというのが理由と考えられる。
この大矢が脚光を浴びるようになったのは2017年の韓国国立晋州博物館の特別展に出品された時のこと。韓国では壬辰の倭乱(=文禄の役)において日本水軍に大打撃を与えた兵器の一つとして歴史書にも記されているが、使い切りの武器という特性から国内には実物がほとんど残っていなかったという。 故郷韓国に里帰りした大矢は改めて調査・研究され、材質が朝鮮半島原産のアカガシであること、生産地が莞島郡の加里浦であることなどが判明した。
実物を見てみると丸太で作ったロケットの模型のようで、400年以上前に使われていたとは信じがたい代物である。当時の兵器開発者が近代の流体力学や弾道学に匹敵する知識を有していたのか、あるいは気の遠くなる程の試行錯誤を繰り返して偶然生まれた産物であるのかは定かではないが、皮肉にも戦争が技術の革新を促す一例であると言える。