『唐津城址』の石碑

唐津城址
[背面]
唐津城ハ慶長年間寺沢広高ノ築ク所ニシテ後大久保 松平 土井 水野諸家ヲ経テ文化年間小笠原候封ヲ移シ此ニ居ル 明治四年長国ノ代ニ及ビ廃藩置県トナル幕府ノ末迄閣老トシテ有名ナル小笠原長行ハ長国ノ嗣子ナリ 曽テ父君ニ代リテ在城シ治績大ニ揚ル父老猶オ其ノ徳ヲ景仰シ城跡ノ廃頽ニ帰センコトヲ憂ヘ之ヲ公園トナシ以テ保存ス
大正十六年五月 河村藤四朗謹撰 田辺新之助謹書
< 一覧に戻る 唐津城本丸上段広場にある『唐津城址』の石碑は、大正15年(1926)に建立されたものである。
元は大正初期に唐津藩初代藩主である寺沢広高の顕彰碑を建てる計画が進められていたが、上松浦党の惣領・波多氏の末裔を称する西海新聞経営者の渡辺賢助らによる反対運動により一度頓挫した後、当時舞鶴公園として整備されていた唐津城の史跡として改めて石碑が建てられたという。
表面の「唐津城址」の字は唐津藩最後の藩主・小笠原長生の養嗣子である小笠原長生子爵によるものである。